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あなたの面接合格法は間違っています。


まだ面接で苦労しているのですか?

 池袋面接対策ルームでご利用いただける面接対策


 本校の面接対策は“合格コンサルティング”と呼ぶのにふさわしい内容です。
 
  1.  面接対策・補習・受験指導に特化した営業内容。合格ノウハウを知り尽くした島村講師がいつでもお相手します
  2.  模擬面接練習は何度でも受けることができます。
  3. 特別区その他のプレゼンテーション練習では、独自ノウハウに基づき合格まで指導します
  4. 集団討論練習は、基礎練習と実戦的練習の二段階で指導することで「不合格につながるディベート力」ではなく、公務員に求められる討論力を身に付けることができます。
  5.  公務員としての常識・考え方を長期間学ぶことによって、定型的でない質問に対しても適切にこたえられるようになります。


上記面接対策ルームはご通学コース・必勝合格パックご購入者がご利用いただけます。
写真はイメージです。内装終了次第、事務所内写真をアップします。

面接必勝合格法

面接指導をしていて、受講生から「○○には××と書いてあるのですが…。」と言われることが多いので、他社の面接本を「何冊も」読んでみた。
大体、予想はしていたが、面接本では個人情報を考慮した記載ができないのだから、限界があるのは仕方がない。あくまで導入部分としての面接術を紹介しているのだから、 「他の試験科目」と同じに考えて、「本の通りにやれば良い」という「読者の態度」の方に問題があると言った方が良いだろう。
面接では、読んでいる「あなた」の個性や経歴が最も重要だ。話し方などは、その個性や経歴を知るための「着眼点」にすぎない。

「受かる方法」とは、面接官に、あなたの個性や経歴、そして、職業観や仕事をしている姿を知って(想像して)もらえるにように訓練することでしょう。
「他の受験生とどこが違うのか」を知ってもらうことが大切なのだと思います。
「受かる方法」は「情報開示」です。「面接トーク」のような「テクニカルターム」は、話と話の合間をつなぐものであって、アピールすべき本質的な部分は「アドリブ」です。
たくさんの質疑応答の中から生まれるのが「アドリブ能力」であると言っても良いでしょう。

本校の場合、通学クラスは勿論、必勝合格パックのスカイプ面接指導でも、「面接」での会話力や、着眼点を育てています。今まで通学クラスが無くても「ニコニコ面接合格」できたのは、スカイプでの会話だけで面接合格できることの証拠と言っていいでしょう。 私がどのような説明を求めているかを理解するだけで面接力は向上しているのだと思います。
わざわざ面接指導しなくても合格するだけの面接力は養われていると言っても良いでしょう。
自分を正直に「見せる」ことが重要なことだと思います。


「隠す」のではなく自分の仕事観や将来像を面接官にイメージしてもらうのが「合格指導」だと考えています。

今まで口下手だった女子学生が、県上級試験で「面接が上手だね」と褒めてもらえたのも「個性・経歴・職業観・仕事の仕方」を「上手に見せる」方法を学んだからでしょう。

「これを言ってはいけない」的な消去法の面接指導では
「これはミスかもしれない。」「これを言ったら落ちるかもしれない。」などと、無駄に不安が掻き立てられて面接に失敗してしまうと思います。
 
そもそも、受験生は「受かりたくて受ける」のだが、その「受かりたい理由」は採用担当者の「採用したい理由」とは違うことが多い。
面接官は「受験者が言ってることを聞いても仕方がないから」、受験生に質問して「知りたい情報」(個性・経歴・職業観・仕事の仕方)を苦労して聞き出して、合否を判断するしかないのでしょう。
 
面接官は「皆さんが準備してきたこと」で判断しているというよりも、質問に答える皆さんの様子や表情を見て「その中に垣間見える職業観や個性、仕事の仕方」見つけ出して、大変な苦労をして合否を決めているのです。
 
だから、積極的に、面接官の聞きたいことを、わかり易く伝えてくれる人が「素晴らしい未来の職員」に見えてしまうのです。

 
 

 受かる面接(ニコニコ面接)と落ちる面接の違い 


面接で落ちる最大の理由として「考え方ができていない」ことが挙げられます。 
民間と公務員では考え方が全く違いますが、ほとんどの大学生は、公務員的な考え方がわからないというのが実情です。
皆さんが「良いこと」だと思って発言することのほとんどが「地雷を踏んでいる発言」になっています。
これは、予備校面接練習のベクトルが間違っていることに他ならないでしょう(一部大学の就職面接でも同様の傾向が観られます)。

面接合格には「公務員の考え方」に馴染むことが求められています。
何度も練習をしたり、政策課題などを通じて様々な問題について討論することで「考え方が身に着く」と言って良いでしょう。
本校は面接に特化した環境を整えて、受講生の方が無理なく面接力を高めて合格することを指向しています。 

  集団討論の間違い 

 
集団討論とは、単に討論力を見るものではない。
「朝まで生テレビ」をイメージしてはいけない。あれは「出演者の個人的信条が暴露される番組」としては面白いが公務員試験の集団討論とは別次元のものだと思う。
  
集団討論は集団内でのリーダーシップ・説明力・説得力だけではなく、個人の問題解決力や柔軟性を試すものでもある。
  
討論形式は、最初に参加者(受験者)が意見を表明し、その意見を聞いて、時間内に結論にできるだけ近づくというものでしょう。
当初意見において全員が同意見であれば、問題は存在しないことになるが試験はそれでは評価ができないので、今度は問題を発見しなければならない。
(こういう場合は稀有であり、出題者の失敗だが、問題発見力が試されるということはまちがいない。)
  
集団討論試験では「結論を得ることに貢献すること」が評価される。 
一般的には
① 当初意見から全体の意見の総意(結論となり得べきもの)を早期に発見する 
② 結論とは大きく矛盾する主張をする発言者を発見する
③ 矛盾点を検証し、論理的に説明し、説得し、結論へと誘導する。 
と言う流れになっているようです。
  
これは参加者全員の討論レベルが低く、自己の意見を結論にすることで合格できると誤解している受験者が多い状況には最適です。
また、「総意」が自分の意見と真逆の場合、変説することがマイナス評価になるのではないかと誤解している場合や、
「総意」が見えずに自分の意見に拘泥する受験者を見捨てることがプラスの評価になると誤解している場合も同じです。
 
討論には①全体としての成功と、②個人の成功の二つのレベルがある。 
①は、議論が尽くされ、全員が協力して問題を解決する努力と成果が認められること。
②は、結論を得ることに対して「協力する度合い」が大きかったこと。
である。
①の最もわかりやすい例としては、「全員が最初に表明した意見とは全く違う意見が結論となる」ことである。
 
結論の是非は関係ない。過程こそが重要だと考えた方が良いでしょう。
 
議論が尽くされたからこそ、最初と全く違う意見が生まれたのであり、これは、まさに「討論の成果」であり、
「参加者の協力によって新たな結論が得られた」ことは「参加者の相互理解・信頼に基づいた協力が得られた結果」ということができる。 
討論集団は全体として高評価となり「チームワークができる集団」という評価されれば、得点も高くなることが予想される。
 
②協力の具体例として、短時間での試験では次のような対応がせいぜいだと思う。
 
受験者が6人で、消費税の是非について当初「賛成2、反対4」の集団を例として取り上げれば、
「制限時間内に結論を得るためには」集団の結論としては反対に誘導すべきだろう。
自分が賛成側ならば、反対者の意見を披露してもらって、納得できそうなものが出た段階で反対に転じれば良い。
逆に賛成2、反対4で自分が反対なら、賛成者の意見を聞き、一番脆弱なもの(反対に転じやすそうな者)を賛成側に導けばいい。
また「3:3」なら議論の趨勢を見極めた段階で「多くなりそうな側」に立ち、反対側を説得するべく行動することになる。
しかし、たとえ「1:5」(自分が1)でも他者が脆弱な意見で簡単に論破できると感じたなら自説に誘導することも良いかもしれない。
ただ、失敗のリスクは高いし、採点者からどのように観られるかは未知数なので、公務員より民間企業向きの行動だろう。

「自分の意見がない」と思われるかもしれないが、あくまで試験なのだから「自説=自分の心情」という拘泥の仕方は、採用ではマイナスに働く。 
例えば原発の是非について出題され試験集団の多数派が賛成の場合、これに頑として反対するのは「それが自分の信条」だとしても評価はマイナスに働く。 
簡単に言えば、「職務上の心情」みたいなものを試されているのであって「公務員としては賛成するが個人としては反対」みたいな「二枚舌」を要求されているのかもしれない。「大人の対応」という奴ができるかどうかなのだろう。 
「所詮は試験」と割り切れるかどうかも試される。

例えば、織田信長が「戦乱の世を鎮めるために、天下を統一する。」ということを考えた場合、
「戦乱の世を鎮めるため」と「天下統一」は「天下統一」のためにたくさんの戦乱が生み出されるので、合理的な目的と手段の関係にはないと考えることができるから、集団討論では「天下統一」は諦めなければならないことにもなる。
「戦乱の世を鎮めるため」にすべきことは、対話なのかもしれない。

こうなってくると、討論能力などではなく、その人の考え方・思想や柔軟性が試されると考えた方が良い。
  
しかし本番の試験では誰かが「合格」を勝ち取るために「他者の意見を変えさせる」ことに奔走する。
「納得して意見を変える」のも「納得させて意見を変えさせる」のも評価は同じになるにも関わらずである。
自説に拘泥して、勝敗を考える限り「討論の成果は得られない」。 
 
問題解決力とは「より良い結論」を得るべく、出題された課題に内在する問題点を参加者全員で究明するための作業を行う能力のことである。 
他者のアラ探しばかりをして自説を力説することは問題解決力ではない。
真の問題解決とは、まず、課題の分析と情報(意見)の整理・集約にある。DVD講義でもそれを中心に(それだけを)話している。
30~50分程度の討論時間で、それ以上をやろうとすればリスクが高すぎるだろう。
実際の試験では、無知で冷静さを欠き、無秩序を産み出し、状況判断もできずに時説(自説)に拘泥するだけの人がいるというのが、私の見てきた「集団討論」だった。
そうした人は、集団を混迷の果てに連れ去るだけなのかもしれない。
こうした集団は、失敗の良い例であり、結局、全員が同評価(同点)となり「集団討論の合否は討論以外の点数で決まる」ことになることは、参加者も気付いているでしょう。
 
となれば、「差がつく」貢献の仕方は「事後的」にならざるを得ないのである。

 
最終的に、誰が採点しているのかを良く考えなければならない。
もし「行政のムダの解決策は?」と出題されたら、自分が公務員になった時のことを考えてみて欲しい。

自分のアタマで考えてはいけない。自分が勉強したくないときに、親から、勉強しろと言われたときの感情を思い出すのが良いだろう。
「親」が受験者で、「子供」が試験官たる公務員である。
「わかっているけど、予算が限られていて優先順位がより高い政策がたくさんある。」というのが「採点をするエリート公務員たち」の日々の感情ではないだろうか?

そんな彼らの面前で「マスコミで年中言われているような批判」を展開したらどう映るのだろう?
「マスコミ論調」で、自分の意見を、さも訳知り顔で、その辺のPTAのように披露している受験者が多い中で、
「でも、行政に対して、批判をするためだけに批判をしている人もいるよね。そういう人の行為が、結局、健全な納税者の利益を害しているって側面はないのかな?」
なんて、静かに発言すれば、それ以降、何も発言しなくても、他の受験生と違った評価をもらえる可能性は高くなると思う。

結局「仲間にナレソウナ人」を探すのが公務員試験の集団討論だと考えることもできる。

不合格者の言っていることは心情としては理解してあげたいが、そもそも問題の本質を見誤っているのである。
問題の本質が何かを考えるよりも、反対派、与党的、体制的な意見を貶めることが「正論」「正義」であると考える。

集団討論では、そうした自己中心的な受験者の挑発が全体を不合格の奈落へと落としていく。
冷静に状況を分析して、対策を練ることが合格につながると指導してきました。

大切なのは、「人の意見を良く聞くこと」と「自分の意見に拘泥しないこと」です。

何故、簡単に合格できるのか?


通学クラスでは長期間の自治体研究、省庁研究とグループワーク、フィールドワークを通じて様々な行政課題に対して「公務員的な正解」を確認していきます。
これによって「半人前の行政マン」として基礎知識や常識を身に着けて、「おしゃべりの練習」などしなくても面接試験に「ニコニコ合格」できる人間に成長してもらいます。
「3か月もあれば終わる択一勉強」を1年も、2年も間延びして教える市中予備校とは違って「実戦力」を身に着けて即戦力として役立つ公務員受験生に成長させるのが本校の指導です。
もちろん、今まで通り「必勝合格パック」のスカイプ講義で面接を練習しても「ニコニコ合格」できますが、浪人している人を即戦力にして現役生に負けない面接力をつけるなら通学コースが最適です。本校の扉を叩いてみてください。皆さんのお役にたてると思います。

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