面接官に信用してもらうには?


現在、面接の主流はコンピテンシー面接です。
簡単に言えば「裏付けを取るための面接」という意味です。

受験生の多くが「サークルのマネージャー」「グループのリーダー」であると自称するので、本当にマネージャーかリーダーかを確認するために、
具体的な活動状況や、いろいろと日常での困った話やサークル内での活動の工夫や人間関係などについて質問します。

これは、受験生の面接が上手くなったことも原因ですが、それだけではなく「試験外の情報に頼らなくても受験者の発言を信じられるようにする」ためという意味があると思います。
国家総合職試験の場合、東大での業務説明会に始まり、各省庁での採用のための様々なイベントに参加して、半年以上を掛けて能力や人柄などを調査し、内々定、内定と進みます。
その途中に、国家総合職試験が入って、人間性だけではなく、事務処理能力としての筆記試験や、素行調査としての警察・公安の調査、また、人事院面接などが課されます。

私が受験しようと思っていたころは、まだ、大学内での業務説明会というのは多くなく、赤門外のモンテベルデなどの喫茶店で、キャリアと大学生が集まり、非公式な形で業務説明会を実施していました。簡単に言うと、東大生だけを対象として、さらに、「口コミ」によってキャリア官僚の候補者を集めていたということです。ただ、東大生にはこうした採用が行われていることは公然の事実でして、さらに、中央大学など司法試験上位校で、歴史的にキャリア官僚を多く輩出した大学の学生もわざわざ赤門まで来て、参加していたというのも、知られざる事実でしょう。
私の叔父たちも、「東大首席で卒業し、国家官僚となる」ことを目標として、「国家公務員としての就職活動」を大学一年から、様々な形で行い、私の時代と同じように、「非公式な接触」を繰り返して、「人柄」や「能力」を確認された後、筆記試験を受験し、内定を得ていたのです。

こうした非公式な接触のいいところは、その人の人柄、人間性、そして、個人情報をかなり深く知ることができるのと、その友人関係から、普段の生活態度や、公務員になりたいという願望の強さなどが「生々しく」収集できる点です。
現在のように、形式的に画一化された業務説明会では味わえない、臨場感のある就職活動が、当時は展開されていたのです。

そして、そこで中心となった話題は「忠誠心」と言うものだったと思います。
ただ、誰でもが、忠誠心を口にすることは容易で、胸を張ってそれを主張しますが、実際に、キャリアたちの視点は違っていて、結局、「集まりに参加する回数と期間」に注目していたようです。欠席すると「○○さんは今日はどうしたのかな?」と聞かれることが多く、その名前が挙がった人は、今から考えれば、「意中の省庁に」採用されていた人が多かったと思います。
当時は、欠席してもチェックが入らなかった人は、採用されないという噂がありましたが、それは事実だったと思います。

結局、担当者の視点は「継続性」「回数」という点に注目していたと思います。
よく「継続は力なり」ということを言われますが、継続しているというだけで、そのことについて人に信頼されたりします。

初対面の人間を信用するには、「信頼できる人」で、かつ、「その人間を信用している人」から紹介してもらうことが最も簡単です。
それ以外に、その人の言葉を裏付ける証拠があるなら別ですが、「言葉だけ」を信用することはできません。
まして、それが公務員の採用試験であれば、採用後には何十万人、何千万人の個人情報に触れることができる職務に就くのですから、
その人間が何をするか、何をしたいかを、言葉だけで信用するなら、採用試験担当者としては失格です。

結局、信用するには、「信頼できる」誰かの紹介があるか、または、その人間の発言を客観的に裏付ける証拠が必要になります。
そして、信用の基礎が形成された後(知り合いになった後)、その人に対する信用が深まるには「継続性」が重要になります。

採用活動の場合、開催した説明会やイベントに無遅刻、無欠席であることは、まさに、採用されたいという意思が強いことを示します。
これは、無断で遅刻したり、また、無断で欠席する人よりも信用に値するのです。
そして、この信用は、年月が経過すればするほど、強くなっていきます。
多くの回数、「会う」だけではなく、「何年もの間」説明会に参加してくれることによって、採用後の職務が、より重要なものになり、また、
出世が早くなるのは間違いありません。

結局、一日でも早く、一回でも多く、担当者と会うことが採用面接や試験で「信用される人間」になることにつながるのです。

受講生から、「自治体はなぜ地域住民から信用されるのでしょうか?」と質問されましたが、
「明治政府開闢以来、その地域の住民を災害から守り、また住民の健康増進や、生活向上のために幾世代にも渡って努力してきたことが、信頼され、信用される理由でしょう。」と答えました。

面接官が信用してくれないと、お嘆きの方は、結局、どのようにすれば信用されるかに気づいていないのかもしれません。
家族の中だけで、学校の友達だけで、簡単に信用される人間関係しか知らないことが就職活動を難しくしているのかもしれません。

見ず知らずの人に、発言や行動、そして人柄を信用してもらうには、長い時間と、回数、その人に会う必要があるのです。
そうした手段を取らずに、信用してもらうには、誰かに「推薦状」を書いてもらうのが良いでしょう。
「コネ」と世間が呼ぶものは、結局、「信用されるためのツール」でしかありません。
日本は、他の先進国と違って、金融システムの中核にあるのが「人的信用」「人的保証制度(連帯保証制度)」です。
これは、日本の経済が、個人の信用・信任を基盤としていることの一つの証拠と言えるでしょう。
日本では「信用」が社会での経済活動や、社会的活動で最も重要なファクターの一つとなっているのです。
「戸籍制度」があるのは日本・韓国・台湾だけです。
戦前にさかのぼれば、この三カ国はともに日本国でしたから、結局、戸籍制度があるのは日本だけだったということもできます。

この戸籍制度が日本の政治・行政・経済の活動の基本となっていることが、「信用経済」の基盤となっています。
そして、信用の大きさが、その人間の経済的地位を決めることにもつながるのです。

アメリカやヨーロッパ諸国では、そもそも、個人を特定する統一的制度がありませんので、「信用の基礎」が欠けていると言ってもいいでしょう。
そうした国と、日本の経済・行政・政治制度を比較しても仕方がないのですが、それを無理やり比較するのが学者やマスコミです。

結局、日本国民の信用は、戸籍制度によって守られ、究極的な管理責任が行政と日本国にあることが、日本の政治・経済の基礎となっている。
だから、「信用」がすべての分野にオールマイティに機能するということになるのだと思います。

国家は皆さんのことを、「生まれた時から」よく知っているからです。

公務員試験に楽に受かりたいなら、中学生でも、高校生でも、そして大学生も役所に行ってみることです。
(これは企業も同じです)
子供ツアーなどを利用して、役所と仲良くなることが採用活動の一番いい方法です。

公務員だけではなく、社会活動をする団体(民間企業・財団法人・独立行政法人)のすべてで、「信用」が採用活動の中核になっているのは、「戸籍制度」という日本の特殊性かもしれません。

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