公務員試験 教養論文の正解とは


○ 教養論文とは?

国家公務員一般職(旧2種)の平成19年の過去問を題材にして「教養論文」とはいかなるものかを考えてみましょう。

<問題>
現在我が国においては、急速に少子化が進行し、2005(平成17年)の合計特殊出生率は、1.25と過去最低の水準を更新した。これは、他の先進諸国と比較しても極めて低い水準にあり、また、低下の一途をたどっていることが特徴である。
結婚した夫婦からの出生児出生率低下の要因は、「未婚化・晩婚化の進行」と「夫婦出生児数の減少」である。未婚率は男女とも依然上昇傾向である。また、数も1990年代以降減少傾向にあり、1960年代生まれ以降の世代では、これまでのように最終的な夫婦出生児数が2人に達しない可能性も考えられる。
(「平成18年版厚生労働白書」より抜粋)

これに関して、①及び②の問いに答えなさい。

① このような「未婚化・晩婚化の進行」、「夫婦出生児数の減少」による出生率の低下が続いていることの社会的背景として考えられるものを二つ挙げて説明しなさい。
② ①で挙げた社会的背景のうちの一つについて、このような状況を改善するためにあなたが有効と考える対策を具体的に説明しなさい。
<考察>

さて、本問論文を作成する上で前提となるのは①合計特殊出生率が過去最低の水準を更新した時期が2005年だということ。
そして②「他の先進諸国と比較する」視点、さらに③「出生児数が1990年代以降減少傾向にあり」、④「1960年代生まれ以降の世代では、これまでのように最終的な夫婦出生児数が2人に達しない可能性」がある。という3点です。

教養論文の書き方のポイントは、問題文に与えられた条件を前提に考えるということです。

「教養論文」は被験者の教養を見るための試験ですから、国家の政策の内容について詳細に知らないことを前提として作成されたと考えられます。だから、問題に与えられている前提条件から「論理的思考」に基づいて書くこと能力が試されていて「内容」はそれほど重視されないと考えられます。

では、この論文を書くために、どのような論理的思考が必要か、実際にやってみましょう。

1)1960年代以降生まれの世代で「夫婦出生児数が2人に達しない可能性」についての民法的考察。

出産は種族の保存という生物学的には本能行動ですが、社会学的、法学的には相互扶助を目的とする行動でもあります。
民法731条は「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない。」
752条は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」
877条は「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」と規定して相互扶助を法的義務としています。
また相続制度は遺族の扶養を目的とする制度です。
このように、民法では家族の相互扶助が厳格に規定されています。
2)家族制度についての経済学的考察

家族を「一個の経済単位」と考えれば「稼ぎ手」が労働できる年数は40~50年と考えられ、家族の構成員全員の経済的欲求を満足できるだけの労働を一人で 負担できる年数はさらに短くなります。
したがって「家族」においてその経済基盤を維持するには子供世代が親の世代を含む家族を扶養することによって家族の経済的欲求を満足させなければならないのが原則です。これは「家族」に対して外的な経済援助がない場合の原則です。
3)経済発展と社会保障制度の完備が「家族の経済的基盤」にどのような影響を与えるか。

しかし、国家が社会保障制度を構築し「家族」の構成員一人一人に「労働年齢を過ぎた後の経済的援助」をするようになると「子供世代が 家族の経済的負担を担う」必要性が減少します。
さらに経済が発展し生涯賃金が増えると「貯蓄」によっても「子供世代の負担」は軽減されます。

家に束縛されてきた若年労働者が都市に流入し日本において経済発展が顕著になったことで1954年から1973年までの高度成長が達成されたということです。これは18世紀ヨーロッパにおいて中世封建制から解放された人民が近代市民社会へと流入し産業革命の原動力となったことに酷似しています。
「社会保障」が人々を家族から解き放ち「核家族」という経済単位が新たな国家経済の担い手となったのです。これを政府が予想していたとすれば彼らの英知は素晴らしいものだと言うことができます。さらに社会保障制度によって「核家族の子供たち」は「家族に対する経済的責任」はなくなったと考えるようになったことは容易に想像できます。
その結果、1960年代以降に生まれ高度成長下で育った子供たちが婚姻・出産適齢に達した1990年代に「出生児数が2人に達しない傾向」が現れたのは、子供を「親を扶養する手段」と考えなくなったことを意味していると思います。
4)世論、マスコミの影響と出生率の関係

「老後の不安」「貧困の恐怖」が薄れた結果、出産は母体の生命力を奪い親にとって危険を意識する行為と考えるようになったのかも しれません。
「妊娠中絶」が「産む自由」の具体化として社会に認知されるのもこの時代です。
このような社会的認識が広まり、出産が「愛情」という抽象的な概念の具体化と考えられるようになると出産の必要性は「表面的には低下」します。
以上のことから、出生率の低下の背景は「経済発展」と「社会保障の完備」ということになります。
5)歴史的な視点に立った論証

しかし、2006年の小泉政権の終焉とともに経済不安が現実化し、2007年に年金記録問題、2008年はリーマンショックから「派遣切り」そして「年越し派遣村」と「経済発展」どころか「雇用の不安」「貧困の恐怖」「老後の不安」はトリプルショックとなって国民に襲いかかり、日本が世界有数の債権国であることを忘れて債務ばかりを強調する報道が「国家経済の不安」を「緊急事態」「今ここにある危機」のように報道すると2005年1.25だった合計特殊出生率は増加を始め、2010年には1.39に回復します。
これが厚生労働省主導の出生率回復キャンペーンだという趣味の悪いジョークは別として、まさに「経済発展」「社会保障の完備」が幻想となると出生率は回復基調となったのです。
以上から、合計特殊出生率の減少の背景に「経済発展」「社会保障制度の完備」があることの論理的証明はできたのかもしれません。
6)他国の具体的な政策状況

では、世界に目を向けてみましょう。
アメリカが合計特殊出生率2.0以上を維持し、また英仏が回復基調にあり、独・伊が依然として低迷しているのは何故でしょう。さらにマスコミが良く取り上げるスゥエーデンもあります。
合計特殊出生率が「経済」「社会保障」を増減の要因としているなら、アメリカには恒常的な貧困と人種差別社会があり、また、英仏は移民の増加が問題となっていて符合します。
「貧乏人の子だくさん」というように「貧困が合計特殊出生率を改善する特効薬」なら「貧困を隔離しつつ社会に導入する政策」が「移民政策」なのかもしれません。

さらに移民の増加はGDPの増加をもたらします。
移民率の上位6か国(1位スゥエーデン14.4%2位スペイン14.3%3位ドイツ12.9%4位アメリカ12.5%5位フランス11.6%6位イギリス11.3%)ではスペイン以外の5か国でGDPが増加しています。
これに対して日本における在留外国人は1.7%程度で推移しています。
国民の98%が日本人で、さらに90%程度が安定した中間層を形成し、さらに諸外国と海で隔てられているため「移民の飛躍的増加」は難しいのでしょう。
「国籍意識」は根強く隣国の中国・韓国と良好な関係にあるとはいえない政治状況では在留外国人が増える要因は乏しいと言っても良いでしょう。だから「製造業の派遣労働」という「格差の種」を植え付けようとしたのかもしれません。

例外的にドイツの移民率は低下しています。
これは第二次世界大戦の記憶にもあるように人種選別的思想が残像のように残っているからかもしれません。
2010年10月にメルケル首相が「(ドイツの)多文化主義社会は失敗した」と発言して問題となり、ドイツ人労働者にとって移民は敵だという意見が広がりました。
ドイツの移民率は近年低下する傾向にあり、移民労働者には起業を促す政策を推進し、ドイツ人失業者と移民の雇用戦争の調整は放棄した感があります。
またイタリアは旧ファシスト党の流れをくむ国民同盟と中道右派の北部同盟による「ポッシ・フィーニ法」が移民の流入を制限しているため移民率は7%台と低く、さらに英米仏へのイタリア人移民の流出が多い国柄でもあり移民労働問題は顕在化していません。
このように「勤勉なドイツ」を除けば、GDPの増加と移民率の増加は相関関係があるようにも見えます。
7)日本の現状打開のために取るべき施策とは

結局、「GDPは人口と正の比例関係」にあるということが言えるのでしょう。
戦前の「富国強兵政策」で「産めよ増やせよ」というスローガンがあったように「人口増はGDP増」という単純な構図になっているのです。

スゥエーデンが大量の移民を招き入れるのは国力の増進が目的であり、日本の1.1倍の国土に東京よりも少ない国民しかいないから国家存亡の危機と言った方が良いのかもしれません。社会保障の充実を謳う理由は「国家存亡の危機」を移民招致で回避するためのアドバルーンなのかもしれません。
今、日本は社会保障が整備され、貧困も少ない、治安のよい国として「スゥエーデン」よりも魅力のある国になりつつあるかもしれません。

中国やアジア全域からの高学歴労働者の流入は増加しつつあります。
しかし「製造業の海外移転」「増税による国民負担の増加」は失業の恒常化と高負担社会の到来を予感させるものがあります。

「貧困の恐怖」と「老後の不安」による人口増は「政策」として採用する余地はない。また「核家族化」による労働者人口の劇的な増加や、男女雇用均等法によって女性労働者を増やしGDPを増加させることはすでにやっている。

今、「日本は高負担ではあるが理想的な国家」というイメージを作り、海外からの移民招致によって国力を回復しようとしているのかもしれません。
「アメリカンドリーム」が移民を大量に呼び込む宣伝文句となったように「ジャパンドリーム」を幻出させようとしているのかもしれない。
8)問題の正解は?そして、市中の予備校の現状は?マスコミ・与論の現状は?

話を問題に戻しましょう。以上のようなことから考えると、本問の解答としては、

① 少子化の背景は「経済発展」「社会保障の完備」

② 有効な政策は、「高福祉社会にすること」「移民政策を促進すること」

ということになるのでしょうか。

こんなことを書いた受験生はいない。つまり、教養論文の正解を考えても誰も思いつかないのかもしれない。

予備校には、誰が考えたのかわからないような「つぎはぎの模範解答」しかないし、教養を形成するマスコミは誤植と勘違いばかり。

政府の一部の人間が、国民に正確な政策報道をしようと思っても、マスコミが注目するのは漢字が読めないとか、失言ばかり。

そこに、正確な政策評価もないし、選挙では耳触りのいいマニフェストが並ぶだけ。
高校のホームルームで、クラス委員が来週の学園祭について説明しているのに、後ろの席から偉そうに、ああだこうだと迷惑な意見を言っているだけのクラスメートが、
マスコミや野党、そして中産階級の成れの果てなのでしょう。それが大衆というものです。

日本の政治を担うべき中産階級がどの程度社会に関心があるかを知ろうとして出題される「教養論文」は永遠に採点者の悩みの種なのかもしれません。

結局、教養論文は、中産階級の高学歴家庭において、どの程度、日本国政府の政策を誤解しているか、そしてその誤解が予測されたものと同じかどうかの調査、アンケートでしかないような気がしてきます。
結論として、私が講義で話しているように、内容は問われることはないと思います。政権に対して好意的な意見を書き、高福祉社会充実のための諸方策を書けば、それで合格できるでしょう。「あなたの望みを書くこと」が期待されている解答なのではないでしょうか?
9)では、合格と不合格を決める決め手は?

これとは別に、合否の評価対象となる点は、講義で話した内容にすべて尽くされています。
自信を持って、試験に臨んでもらいたいと思います。


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