東大公務員予備校

SSL GMOグローバルサインのサイトシール
東大公務員試験予備校 公務員試験総合ガイドへようこそ!
公務員試験に関する情報を幅広く掲載しています。掲載内容は、公務員試験のしくみ、日程、受け方、出願から、学習の始め方、試験内容、合格法まで多岐に渡ります。まだ公務員について何も知らない方から、すでに学習を始めている方や今年の本試験を受験して答え合わせをしたい方まで、公務員受験生のあらゆるニーズに答えます。


合格者座談会

国連、障害児の分離教育中止要請 精神科強制入院、廃止も


国連の障害者権利委員会は9日、8月に実施した日本政府への審査を踏まえ、
障害児を分離した特別支援教育の中止を要請したほか、精神科の強制入院を可能にしている法律の廃止を求めた(共同通信)。

勧告に拘束力はないが、尊重することが求められる。
”障碍者”を分離するのは「合理的な差別」と考える人がいると思います。しかし、「健常者と同じ行動ができない」「同じ教育成果が上がらない」という理由を「障害者を分離する」差別が「合理的」であることの根拠にしているなら
「教育者が子供に成果を求める」必要があるということに合理性が無い。成果が出ないから分離する。というのは「教育をする側の評価」を落とさないための都合です。
「教育の成果」は受ける側の子供が評価するもの。
「点数」「偏差値」「成績」は「教える側にとっての評価(価値観)」であって「子供に大人の評価を押し付ける(独立した人格に対して他の人格・組織が評価を押し付ける)」ことに合理性はない。
「親や政府の提供する教育が、憲法の定める権利行使の内容として適切であるかどうか」を子供が評価することを憲法は定めている。
「強制入院」は家族や周囲に危険性があるからという理由で「合理的な差別」とするなら「被害を訴えられた者」を刑事手続きで措置入院させればいい。医師が判断することではない。「先生」が人権を侵害する社会を世界は注視している。
日本の差別を生み出しているのは、「ハンセン病」隔離に始まり、障害者支援学校、精神科強制入院。教育と医療が「合理性の物差し」を勝手に作っている。

学校での「試験」は将来受けるかもしれない「入学試験」や「採用試験」のトレーニングに過ぎない。全員が同じ目的・同じ基準でトレーニング目標を達成しなければならないという「全体主義」が「個人の尊厳を侵害している」のは「人権後進国」の証拠ということだろう。「教育を受けなければならない」と子供に強いることは「女性が教育を受けてはいけない」と強いることと同じく人権侵害である。
日本国憲法は
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
② すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
と規定して「子供には教育を受ける権利」を、国家と保護者には「普通教育を受けさせる義務」を規定している。
教育は子供にとっては権利であって義務ではない(選挙権が権利であって投票の義務がないことと同じ)。国家と保護者だけに「子供に受けさせる(時間・資金等を与える)義務」があるに過ぎない。この規定を受けて教育基本法は
第4条 (義務教育) 国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
2 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
「親と国家の義務」だけを規定している。
「子供たちに評価されること」が憲法が定めた教育の本旨である。「(債務者である)親や国家」が成果や評価の基準を子供に対して定める立場にはない。
親は「子供に勉強する義務がある」と言いたいだろうが、法を逸脱した強制教育である。
校則は「管理者としての教員」の権限内で定める者であり「自治規則」として定めるなら誰でもが受け入れられるような最低限の制約に留める必要がある。髪型や服装など個性を具体化する部分についての規制は、法律によって定める必要がある。 規則に一任するべき内容ではない。
教育は子供の教育を受ける権利を充足することが何かを「インフォームドコンセント」しなければならない。「医者も教師も自分の正義や校則で患者や子供を施術・指導することは憲法違反」であることは多くの憲法訴訟、医療過誤訴訟で判明していることである。
医師が余命宣告することなど、裁判官の死刑判決と同じである。尋ねられても不確定な事実を乏しい証拠で曖昧に告知すれば、それは誤診と認定されるだろう。「余命宣告」も「法規」によって規定しなければならない。
十分な論拠も挙げず証拠もなく推測で「余命三ヶ月」と言われて8年生きた人もいる。日本の「先生」は自分のことを神だと思い込みやすい。
「愛の鞭(むち)」は「できる人間」が「できない人間が鞭打たれるのを見て楽しみ優越感を満足させるため」の方便である。「むち打ち」は痛みと心の傷を作るだけ。心の傷を作るための教育など無くなった方がいい。
従来の教育を映像化し、機械化して「何をすべきかを聞く役割」が人である教員が担う職務である。教育は時代とともに変わらなければならない。何を習うべきかの決定権は「受け手」にある。デジタル教育が可能になり、受け手に多くの選択権を委ねることができるのだから「選択者の交代」を憲法が求めている。

日本のエネルギー事情

日本は先進国で最も大量に化石燃料を輸入している。金額で19.8兆円で世界第一位。これは世界第二位のドイツ(8兆円)の2.5倍にあたる。
日本人が生涯で負担する化石燃料の輸入金額は1人130~140万円。
(財務省 輸出入統計 令和3年度実績)
品名 金額
原油及び粗油 8兆166億85百万円
石油製品 2兆3,192億73百万円
   (揮発油) 1兆7,731億70百万円
液化天然ガス 5兆44億98百万円
液化石油ガス 8,282億59百万円
石炭 3兆5,087億49百万円
   (一般炭) 2兆419億95百万円
鉱物性燃料(合計) 19兆8,080億15百万円
このうち、揮発油はガソリン・軽油などの運輸燃料。液化天然ガス・液化石油ガス・一般炭は火力発電に使われる。
日本の全発電量に占める天然ガスの割合は39%、石炭は31%、石油6.3%、(小計76.3%)、水力7.8%、太陽光7.9%、原子力は3.9%、風力0.9%、地熱0.3%、バイオマス2.9% (合計100%)
化石燃料で全電力の76.3%を発電している。この原料輸入額が7兆8747億52百万円になる。全電力の1%の発電に約1032億円が必要。
日本のウラン輸入量は1180t(2018年)でその金額は581億36百万円。これが電力の3.9%を発電するので1%当たり149億円と、化石燃料の7分の1。
同じ電力量を発電すれば1年で化石燃料:原子力で約7兆7000億円の差が生まれる。これが40年では308兆円という莫大なコストメリットがある。
この燃料費は全て国民が家計で国民一人当たり1万5845円を「0歳児から死ぬまで」負担し、生涯で男性は1,299,290円(82年)、女性は1,394,360円(88年)負担することになる。軽自動車が1人1台買えるだけの金額を国民一人一人が負担するのが「無資源国」日本人の宿命。4人家族ならベンツの上級者が1台買えるだけの金が無駄に消えている。電気料金が高いのは燃料政策を考えない国民の責任。

電力需要は今後、電気自動車、電機交通機関によってより高まることを考えれば、発電コスト引下げが家計負担の軽減化につながることは明白。1ドル200円になる時代には化石燃料の輸入総額は40兆円を超え、家計負担は2倍になる。軽自動車ではなく電気自動車1台分(300万円)の負担になる。「オール電化時代」には全国民が「電気料金が払えず貧困」に苦しむ。「油断」(堺屋太一)ではなく「停電」貧困。
東京都は本庁舎と管轄事業所で東京電力の発電量の1%を使用している。東日本震災時には電力コストが急激に上昇し、都の財政を圧迫した。電力コストに無関心な人は公務員には不向き。日本の燃料費を下げることは死活問題となっている。
日本は燃料だけでなく「資源がない国」ですので「占領する価値」はない。しかし経済力(交易による差益収入)があるので、戦争・パンデミックによって化石燃料輸入の値上げには「言いなり」で資源を買うしかない、国力の弱い国。
2012年の東日本震災直後に民主党政権が原発を止めたため、化石燃料依存度が急上昇し産油国の「天然ガス値上げ(日本プレミア価格)」による貿易赤字が10年続いた。
資源も科学力もない日本は、戦時や不況・パンデミック時には「高いエネルギー」を買わなければならない。エネルギー自立の必要性に国民は全く気付いていない。
キャリアになりたいなら、世界経済の厳しさを日本の歴史と統計で検証することが必須。





安全と安心(国家総合職 政策論文問題より)

「安全は技術によって保障される客観的状態であるが、安心はコミュニケーションによって獲得される主観的状態である」―これが「安全・安心」のいわば教科書ヴァージョンの普通の定義ではないかと思う。「安心とは、安全であり、かつ安全であることが信じられること。『信じられる』とは,理解できるか 、説明内容または説明者が信頼できること」というのが、学術会議で提案された定義である。まず客観的に安全が保障されていて、安全についての主観的確信が成立していること」というのがこの定義の核心であろう。<客観的安全(技術)+主観的安心(リスク・コミュニケーション)>という設定である。
「単に技術的に安全を保障するだけでなくリスク・コミュニケーションあるいは説明義務を十分に果たすことによって、国民に安心感を与えなければならない」という言い方もよくされる。そこにも、安全は客観的なもの、安心は主観的なもの、安心はコミュニケーションによって確立される、という考え方が出ている。
 これとは異なる安全と安心の関係もある。伝統的な日本仏教では、客観的安全は保障されないが,主観的安心(安心立命)は達成可能である。情報操作によって、客観的には高度のリスクを含む危険な状態が、比較的安心して受けとめられる場合もある。
 もう一つは、「最低限度の安全率より大きな安全率を課された状態を安心と言う。安心とは、すなわち大きな安全率である」という考え方である。
 技術が保障する客観的安全それ自体のレベルを高くし、より高い安全率を設定することが「安心」であるという安心概念である。安心とは技術的な安全のレベルを従来よりも高く設定することで、客観的な安全の中でも、レベルの高いものを「安心のレベル」と呼ぶのである。
 たとえば、古い安全基準で建てられた学校建築を「耐震化すれば安心だ」と言う場合、「安心」は高い安全率に対応する。放射性廃棄物の管理施設については安全基準を高く設定すべきだ、という考え方も出てきている。食肉の場合、アメリカで使われているよりも高い安全基準を課すべきであるという考え方が採用されている。
 このように、従来使われてきた安全率よりも高い安全率を尺度として、客観的に大きな安全率をもたらすのが安心設計であるという考え方も出てきている。
 安全と安心との関係についてのこうした二つの考え方は、「100パーセントの安全はない。ゆえに,安心できるような安全は不可能である」という反論に出会う。
 安全の基礎理論は確率論的安全評価で与えられる。「安全に絶対ということはありません。まして地震のことを考えると、たかが千年程度の伝えられた記録と、百年くらいの技術的蓄積で、何万何十万年に一回という地震が、果してどんな形で発生するのかなどと考えると、絶対大丈夫ということは、軽々しく言えるものではありません」という建築の構造設計の専門家の意見もある。
 どれだけ安全にしたら安心できるか。
 19世紀の人と 21世紀の人とで、安全についての考え方が次のように変化してきたということは言える。19世紀の人(自由主義者)は、「危険と安全は経験的にほとんど自明なのだから、自己責任において危険を回避する可能性を保障することは国家の個人に対する義務であるが、危険の防止は国家の義務ではない。危険な橋があった場合,<この橋は危険です>と表示することは望ましい(不完全義務)が,<この橋渡るべからず>と規定することは国家の越権行為である」と言う。
 21世紀の人(自由主義者)は、「危険と安全は経験的にほとんど判断することができない。食品の安全、家屋の安全、大気の安全など、あらゆる安全性は専門家による測定によってしか判断できない。安全の情報依存性が基本的な特徴となっている。したがって、専門家による正しい情報を提供することは、国家の国民に対する完全義務である」と言わなければならない。

上の論文は、東日本大震災の翌年に出題された総合職の政策論文課題
設問  国民の「安全」と「安心」に関し資料1~3を参考にしながら次の問いに答えなさい。
1 専門家の役割とは何か。
2 政府の役割とは何か。
の資料として記載されたものです。
公務員は、こうした課題に真摯に向き合い、考えなければならない職務です。日本語を独り善がりに理解して「安全」と「安心」の区別もつかないような政治家やマスコミのような人間では務まらないことがわかると思います。

「新型コロナウイルス感染症蔓延初期」の世界的不安の原因は中国共産党書記長・習近平の「ロックダウンパフォーマンス」。 「コロナが危険だ」「自国で開発したウイルスだから私はワクチンを打っている」と言わんばかりのパフォーマンス。これが今の「中国包囲網・中国孤立化」の原因となっている。この「パフォーマンス」で「超大国の元首」が「世界が安全ではない」という不安を抱かせるメッセージを発信し、世界中の「安心」を破壊した。「パンデミックテロ」と呼称するのが正しい見方。
同様に、ロックダウンを日本で宣言しようとした知事がいるが「火に油を注ぐ」行為。これも、日本国民の「安心」を破壊した。「ワクチンという逃げ場がない災害で国民に逃げろという行為」はテロと言って良い。
このような「状況」を見抜くことができなければキャリア官僚にはなれない。

公務員は、自らが安心できない状況でも、その「内心」を外部に表明してはならない。他人に察知されてはならない。政治家も同様だ。そのことがわかっていれば、容易に二人の行動が「攪乱」目的であることはわかるはず。
面接で試されるのは、「不安があればすぐに騒ぐバカ」であるかどうか。彼らの行動が、模範的でないことがわかれば、その後に国民に示す規範がわかる。
「安全と安心の区別もできない国語教育の被害者かどうか」はさらに重要だ。国家が容易にコントロールできるのは「数学的な安全」ではなく、「心理的な安心」だからである。

ジェンダーと政策の窓(国家総合職 政策論文問題より)

 日本の立法手続きを眺めれば,至るところに拒否権プレイヤー*1がいる。
 国会で成立する法案の主流を占める内閣提出法案の場合,各府省内で検討が行われた後,審議会で財界や労働組合などの利益集団との合意形成を経た上で,法律の原案が作成される。
 他の府省との調整や,政府与党による事前審査などを経て,内閣法制局が他の法律との矛盾や合憲性をチェックし,閣議決定の後,国会に法案が提出される。そして,衆参両院の本会議で可決されなければならない。
 その一方で,1990 年代以降の日本では,首相のリーダーシップを強化するための政治改革・行政改革が実施されてきた。これらの改革は,拒否権プレイヤーの数を減らし,首相の意図に従って政策を変更することを容易にすると予想された。
 だが,ジェンダーの視点から見た場合,日本の立法過程の問題とは,拒否権プレイヤーが多いことではなく,その性別が男性に偏っていることにある。このことを考慮すれば,首相のリーダーシップに注目するアプローチだけでは,多くのものが見落とされる。 特に,1990 年代以降の日本で生じてきた様々な政策変化の中には,男女の不平等を是正し,女性の社会進出を支援し,女性の権利を守るようなものも少なくない。少しずつではあるが,フェミニズム運動の要求は政策に反映され,世の中を変えてきている。 そのような変化は,首相によるリーダーシップとは異なるメカニズムで生じてきた。
 その変化は,「政策の窓」と呼ばれるメカニズムによって説明されてきた。このモデルが示唆するところは,拒否権プレイヤー理論とは大きく異なる。
 拒否権プレイヤー理論では,利害関係者の数が増えるほど政策変化が生じにくくなるのに対して,このモデルではむしろ新たな利害関係者が登場し,問題が提起されることで,それまで埋もれていた政策案が立法過程で浮上する。 両者の違いは,二つの理論が政策過程の異なるフェイズを扱っていることと関係がある。
 拒否権プレイヤー理論においては,すでに争点が設定され,利害関係者の立場が明確になっているような局面が想定されている。これに対して,政策の窓モデルにおいては,争点が設定されておらず,利害関係者の立場も明確になっていない段階が扱われている。
 ジェンダーの視点から日本政治を分析する場合,この政策の窓モデルは大きな役割を果たす。その理由は,女性の利益に関わる政策の多くが,そもそも政策争点となってこなかったからである。そのような政策に関しては,もともと研究者やフェミニズム運動の当事者の間では議論が進んでいたとしても,行政側では検討を行っておらず,政党の立場も明確になっていないことが多い。 その場合には,何らかの出来事をきっかけに,党派を超えた議員の協力により,時には中央省庁や政党における手続きを迂回して,法案を通すことが可能になる。
 1990 年代以降に進展した女性の利益に関わる政策の中には,議員立法を通じて実現したものも多い。議員立法とは,個別の議員が,衆議院法制局や参議院法制局といった立法補佐機関の支援を得ながら,自ら法案を作成し,審議し,可決する手続きである。議院内閣制の国である日本においては,内閣提出法案が主流である以上,議員立法は例外的な仕組みとして位置付けられやすいが,女性の利益に関わる政策変更が行われる際には,議員立法という仕組みは重要な役割を果たしてきた。
 1996年の母体保護法,1999 年の児童買春・児童ポルノ禁止法,2000 年の児童虐待防止法,2001 年のDV 防止法などは,いずれも議員立法によって成立した事例として知られている。議員立法の最近の事例として注目を集めたのは,2018 年に成立した候補者男女均等法であろう。
 このように,ジェンダーの視点を取り入れた場合,従来とは大きく異なる日本政治の姿が現れる。そこでは,首相のリーダーシップは大きな役割を果たさない。むしろ,男女の不平等に取り組むための様々な政策は,政策過程の周辺で,政党間の明確な対立軸となることなく争点化し,導入されてきたといえよう。
 ーー2021年 国家総合職採用試験 政策論文問題より ーー

 公務員の最高峰にある国家総合職が採用試験で試されることは、官僚としての考え方です。地上・国家一般でも「アタマノヨサ」ではなく、社会課題に対しての姿勢が問われる。NPOやボランティアに協力していれば「善行」だというような「安易な教育インストール」では公務員試験に合格するのは難しいでしょう。
 まず、自分の使っている言葉に疑念を持つことです。「不正」「善悪」「正解」というような「価値観押し付けの単語」を常用していること自体、「遵法」を知らない証拠。民主主義国家・法治国家の公務員としての適性を欠いている。
 「思考停止した言語」を使うことが「思考停止」していることの証拠。「思考停止」「価値観押し付け言語の使用」が公務員試験の論文・面接不合格の主な理由です。「ガッコウ」で習ったことを「まず否定する」ことが東大合格や公務員試験合格の第一歩。

公務員の憲法との関係について(衆議院資料)

を見てみましょう。

地方公務員では、労働組合員は主に水道局・環境局に集中しています。水道局は仕事も楽ですし、出世も関係ない部署として有名です。また水道法改正によって独立行政法人として切り離しやすい部署でもあります。

新型コロナウイルス感染症の全数把握を見直すのは、検査費用が1兆円以上多額になっているためです。


全国知事会の「新型コロナウイルス緊急対策本部」の提言
を見てみましょう。
4ページに
(4)検査試薬及び検査キットの供給体制の確保
感染再拡大を防止するため、必要な検査が確実に実施できるよう、検査に要する資器材の需給を的確に把握しながら、早急に診療及び各種検査に必要となる検査試薬や検査キット等の供給改善を図るとともに、随時、国民や地方に対して情報提供を行うこと。
また、都道府県に対して配布される抗原定性検査キットについては、外来医療のひっ迫への対応だけでなく、医療機関における検査キットの供給・流通不足への対応を目的として活用することもできるよう、地域の実情に応じた柔軟な取扱いとすること。
さらに、検査キットの配布は、国からの要請に基づく体制整備の一環として地方が実施するものであることから、新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金の対象とすること。
(5)無料PCR等検査の拡充
「感染拡大傾向時の一般検査事業」については、地方創生臨時交付金「検査促進枠」により国が全額措置するとともに、感染状況が「レベル2未満の状況」であっても、知事の判断で実施可能とし、また旅行やイベント参加、出張などで来訪した他の都道府県在住者も無料検査の対象とするなど、一般検査事業の対象者を拡充すること。
さらに、検査事業者への支援の仕組みを確立し、無料検査を行うことができる調剤薬局を確保することが困難な地域においては、一定の要件の下で医薬品の店舗販売業でも検査を実施できるようにするなど、柔軟な取扱いとすること。
加えて、無料検査事業の延長等により、検査体制の整備等に要する費用が増加し、検査体制を維持することが難しくなることから、不足が見込まれる額については財政的支援を行うこと。
また、感染拡大防止には検査の正確性が重要であることから、イベントを含め、PCR検査を確実に実施できるよう支援すること。 なお、「検査促進枠」の取扱いの変更に当たり、主に特定大型拠点における補助費用上限が引き下げられたが、自治体が直接運営する検査拠点においても影響が生じていることから、特に、不適当な取り扱いを行うことのない自治体実施分は 引き下げの対象外とするなど、適正実施する事業者に影響が生じないよう取り扱いを見直すこと。
併せて、高齢者施設等を対象としたPCR集中検査や抗原検査キット調達の経費については全額国庫負担金の対象とするとともに、通常の介護サービスの提供では想定されないかかり増し費用として施設等が行う自費検査費用をサービス提供体制確保事業費の補助対象に含めること。 さらに、本年9月末までとされている施設内療養に係る一人一万円の追加補助の期限を延長すること。

このように、PCR検査で「全数把握」をすること=無料検査の費用を国が負担する=自費負担が無いために無症状感染者が増える+無症状感染者が保険会社に入院給付金を請求するという事態が1月から継続しています。
PCR検査費用(3万円程度)が、毎日、全国の医療機関で数十万件実施されているため、毎日、120億円以上の検査費用が「医療機関の売上」となり「国民の血税負担」となっています。その額は7月だけで4,000億円以上と試算することもできます。この金額はすべて国税で、全国民が負担することになりますので、検査の少ない自治体の住民には負担が大きくなります。
また感染者には”新型コロナ保険”が適用になり、生命保険会社は「軽症で自宅療養」でも入院給付金を感染者に支払います。NHKの報道では一時金を250万件以上(金額で3064億6853万円)支払っています(NHKニュースから引用)。

新型コロナ感染症患者(無症状者)が急激に増えたのは「入院給付金」がもらえるという話が広まったことも関連しています。
「コロナ保険に加入してPCR検査をタダで受けて、無症状で感染者になれば、多額の給付金が手に入る」という情報が広まった東京で感染者が急増したということも言えるでしょう。治ってから、また感染すれば、何度でも給付金がもらえます。毎月もらうことも可能です。
 感染第七派は人災だった 

ということが言えるかもしれません。 
「全数見直し」は感染者増加に「感染給付金」というインセンティブがあることを考慮してのことです。「毎日200億以上の税金が投入されること」と「致死率」の間に合理的な必要性を認められないこと。感染状況を把握するのに大都市圏では「企業勤務者については個人情報を含めた調査ができる」ので税金で検査する必要が無い。
コロナ感染症についてPCR検査が財政を圧迫していることに対して「見直し反対」は「1月4000億円の税金投入で検査バブル」が発生してすることの必要性を論証できない。「全数把握の必要性」を有効に論証していません。
日々のNHKニュースには公務員試験の情報はあふれています。税負担について意識できているか「論文試験」と面接の「最近関心を持ったことがら」で試されます。

医療費は「国民が納めた健康保険税・厚生年金」だけでなく、所得税・法人税(国家予算の一般会計)の3分の1が社会保障に支出され、社会保障費を国民が負担する額は126兆円にもなります。

財務省ホームページ「日本の財政を考える」(https://www.mof.go.jp/zaisei/aging-society/society-security.html)より出典

なぜ社会保障費は増えるのでしょう。それは医療費の増大に加えて介護保険負担が2000年に創設されたためです。介護保険制度が2000年に創設されて以降、社会福祉費の増加率は上昇しています。

公務員受験を目指す大学生は「年金も所得税も健康保険税も厚生年金も納めていない」から「税負担の重さ」を実感できないでしょう。福祉が消費税だけで賄えていると思う人も多いようですが、
このまま医療費が増えれば消費税は20%、30%とどんどん増え、所得税率も上がります。そして法人税が上がれば、電気料金が高い、化石燃料を燃やし続けるCO2大国の日本では企業活動をするメリットがなくなり、企業は「法人税が安く・電気料金が安い(工場生産のコスパが良い)・自然が多くCO2排出の少ない・人件費が安い・教育レベルの高いインドやベトナム、タイなどの東南アジア諸国」に移転します。
「働く場所が無くなる」だけでなく教育や企業支援、防災に割く予算がなくなり「病人と高齢者」ばかりの「島」になることは明らかです。それが「資源のない国の宿命」です。英国がかって「老大国」「福祉大国」と言われたことと同じですが、英国は「金融大国」として復活できましたが、世界の金融市場で既に日本がこれ以上のシェアを伸ばす余地は「老大国から復活するほど」にはありません。

高齢者が増えることは寿命が延びて、健康に労働や生産活動をしていれば、健全な国家の発展にとって良いことです。「高齢化」と「医療費や介護費の軽減、自己負担率のアップ」をする必要があることとは別です。
高齢者が増えなくても、医療費・介護費が増えれば「税金によって若者の活力は失われ」「企業の設備投資は減少し、収益性がなくなる」

「福祉大国」は「不健康で活力のない社会」

高齢者が増えなくても、高齢者の1人当たりの医療費税金負担は75歳以上で65~74歳の4倍、介護費用は75歳以上で65~74歳の10倍になります。

税金を若者世代・現役世代のために投入するためには医療費削減しかありません。「若者も現役世代も高齢者も」健康でいることが税負担を軽減する。「福祉大国」「不健康で活力のない社会」にならないためには「医療費削減」は重要な”政策目標”です。

健康保険料は「ただ」ではありません。病人の医療費を健康な人が払う「互助システム」です。自分のみならず他の人の”税負担”も増やすことを忘れてはいけません。

「うつ病」による医療費負担増を削減する政策が必要です。


うつ病患者は、平成8年(1996年)43.3万人だったが、平成20年(2008年)に104.1万人,平成29年(2017年)は290.1万人(厚労白書)になっています。
内閣府の調査では、全国の15~39歳で54.1万人、40~64歳で61.3万人が「引きこもり」状態にあるという。なぜ、急増した。新型コロナ患者よりも大量に発生する理由は「人為的」「組織的」加害行動が理由と考えられる。これは「病気」ではなく「傷害」行為の結果と言って良い。
全国の窃盗事件の件数は令和3年で38万1785件(警察庁統計)、新型コロナ感染症で入院治療を要する者の数は令和4年8月末で167万人(厚労省統計)。
うつ病患者数がパンデミックと言われている世界的な感染症の患者数より多い、そして最も安易に起こる犯罪である「窃盗事件の件数」よりも多いのは、うつ病が「病気」ではなく「単なる気分の落ち込み」を産業医が病気と認定していることを示しています。
これが医療費増加の一因となって、国民の生活を圧迫しています。「うつ病」が安易に認定される理由はうつ病を「労働欠格事由」と捉えて「退職勧告ツール」として使うのに都合がいいという「虐めを合法化するツール」になっていることも一因です。
労災訴訟情報は企業から企業へと「口伝」され「労災訴訟」で金をとった労働者を雇用する企業は少ない。これが「成人のひきこもり」増加の原因。
このような事例が290万人もの「うつ病患者」を生み出した。

「うつ病患者」も「引きこもり」は学校や職場で「優秀」「有能」な人材が多い。「一人を好む」「頼らなくてもできる」「優秀な人材」。
対策は簡単。産業医の管理を厳しくすればいい。
病気を作るのは厚生労働省の専権事項ですから、減らすのも簡単。
「うつ病」などと言う病気を「安易に認定する医師」がいるから、290万人にもなり、医療費は増加の一途をたどる。
心療医の診察費は概ね1回3万円程度。患者が週に1度検診を受ければ、年間150万円。これが10万人いれば1500億円が、「うつ病診療」に使われて、財政を圧迫する。
企業は「うつ病だ」と烙印を押して退職させ、企業の健康保険から追い出して国民健康保険税の負担が増す。企業の労働責任を、国民に付け廻しする産業医を監視すれば1000億円くらいの節税になる。

日本の医療費(患者負担分を含む)は44.4兆円(内高齢者医療24兆円)

日本の医療費(患者負担分を含む)は44.4兆円(内高齢者医療24兆円)、介護保険費用総額(被介護者負担服務)は10兆7783億円(前年比2688億円増)と年々増加の一途をたどっています。GDPの9%にあたり、この7割の約38兆5000億円が税金(健康保険税+国税)です。
2019年以降新型コロナワクチン購入費として20兆円以上が投入されています。医療費の負担は”激増”しています。
しかし、若者世代(20~30代)は、可処分所得が少ない。
・22歳の新卒社会人(年収350万円)の健康保険料は49万円。福祉税(消費税)を併せると年間75万円にもなります。健康保険料が1割が減額できれば7万円ずつ預金できる。実に膨大な額が若者に圧し掛かっている。これが持続性を最も害している。
・可処分所得が20%程度で所得の15%を税・健康保険税に取られると若年時の資産形成ができず、失業や社会情勢の変化に対応できない。
・母子家庭や経済的劣位の若年者が社会情勢や雇用不安の影響を受けて貧困になり易い(貧困の連鎖)。
・若年者に一律に壮年者や高齢者と同じ割合で医療費を負担させることは、資本主義経済の持続性にマイナスファクターになる
・自動車保険と同様に、罹患履歴によって保険料を変更させる仕組みの導入も必要(=健康を維持することが節税になる社会)
・先天性・遺伝性の疾病は別途の制度を適用し手厚い対応が必要(健康保険制度から分離)
・医療は、係る必要のない費用です。日々の健康に注意していれば、一生無病息災でいることができる。医療費は増えることが「厄災」なのですから減らす努力をすること(=健康になること)は社会の持続可能性を高めます
”消費税増税リスクを削減するために福祉を節約する” ”高齢者から若者世代・現役世代への所得の還流”これが2020年代の政策方向性です。
”医療費削減”が若者の教育支援や貧困支援不足に大きく貢献します。(医療も学校も”先生業”はテレワークで節税ができる構造です。)
医療費・介護保険料の”55兆円”を1割でも縮減できれば、若者の教育や生活支援に向けた予算も拡充できる。歯科医のように、高額医療は自費を原則にして「受益者負担」原則にすれば、生命保険や傷害保険(任意保険)の活用も増える。
 保険者インセンティブ (厚生労働省)~2040年頃を展望した社会保障改革について・医療費適正化計画

 予防・健康づくりをはじめとする医療費適正化等に取り組む自治体に財政支援を行い、医療・介護福祉予算を効率的に配分し医療費の増加を抑制する。
 ~加入者及び事業主の皆さまの健康づくり等に関する取組に応じて、インセンティブ(報奨金)を付与し、それを各都道府県の「健康保険料率」に反映させるもの~

1. 外来医療費
・特定検診・保健指導実施率を上げ、予防・健康増進により医療機関への外来医療費を減額させる取り組み。
・後発医薬品の使用割合の全国目標達成により、医療費を減額させる。
・ヘルスケアポイントの実施等による健康づくりへのインセンティブ対策の強化により、医療費を減額させる
・重役投薬(不要な医薬品、併用することが禁忌に当たる医薬品の投薬)是正の取組の推進により、医療費を減額させる
2. 入院医療費
・患者の状態に応じて病床機能の分化・連携を推進する。=病床は、高度急性期、急性期を減らし、回復期を拡充する。
・医療費の地域差の半減 病床の多い病院は入院患者を確保するため入院を奨励する傾向がある。そのため病床数と入院医療費は高い相関がある。都道府県は医療費適正化計画作成にあたって、最終的に、入院医療費(病床数)の地域差半減を目指す。大病院には病床を減らすよう促す。
3.介護保険者インセンティブ交付金
増え続ける高齢者医療費、介護費を「介護予防・病気予防・健康維持」によって削減することは「高齢者の健康な老後生活推進」「健康年齢の延伸」「定年延長と労働生産性の向上」につながり国民にとってメリットばかりです。
これは介護保険事業者の収入減を意味する上で医療費とともに業界・圧力団体からの抵抗が大きい。
具体的には”ケアプランの点検””多職種連携による地域ケア会議の活性化”が重要で”介護給付適正化事業の推進”として重点項目としています。
4.多職種連携による地域ケア会議の活性化
地域ケア会議は、複数の事業者間で多種のケアサービスを提供している場合、一人の高齢者に対して最も適切な組み合わせでサービスを提供して地域の実情に応じた地域包括ケアシステムを想定し、これに近づけるために、地域包括支援センター又は市町村などの「保険者」が主体となって設置する。
地域ケア会議によって、無駄な介護サービスを削減しサービスを受ける高齢者に最適のサービスを最も低廉に提供することを通じて介護保険料を減縮させることができる。
介護保険サービスは①ケアマネジャーが②介護や支援を必要とする方の相談や心身の状況に応じて、③訪問介護やデイサービスといった介護サービス事業者を選定してケアプランを作成する。
この①と③との関係によって、要介護者に最適ではないサービス選定してケアプランを作成しているケースが見られる。これが介護事業者の利益になるが介護保険料の無駄遣いにもつながり、介護保険料の増加に歯止めがかからない原因の一つと考えられる。
こうした「不適切な関係」「不適切なケアプラン」の点検が地域ケア会議や市町村に求められている。
こうした点検によって介護保険料の節約に貢献することに対してインセンティブ交付金を給付し、また、取り組みの効果をポイントによって公開し見える化することで「高齢者介護保険の適切な運営」を目指している。
5. 医療費・介護費用の削減
”競争原理””市場原理”が導入しにくい医療業界・介護業界において、国民の大切な税金の無駄遣いには厳しいチェックが「保険者インセンティブ」制度です。
地方自治体は医療・介護の無駄を点検し、受診者・介護サービスを受ける高齢者の早期の回復、健康増進に努めると言っても、絵に描いた餅では意味がない。
そこで、医療・介護費削減について自治体にポイントを付与し、資金を交付し、ランキングを公開して促進を促すのが「保険者インセンティブ」制度です。子供たちが未来に夢を持てる日本にするために、医療・介護制度の点検が必要です。
医療・介護の適切な監視・監督が地方自治体職員に求められていることです。
6. 都道府県・自治体の取組のポイント制によるランキング公開
・インセンティブ交付金を交付するに当たり、制度推進のためにポイント制を採用し各自治体の取り組みを公開している。ランキングの低い都道府県・自治体は”努力不足”と評価される。


医療費・福祉費用を効率的に給付し、無駄遣いを減らし貧困対策や若年者の教育予算の確保、さらには”健康な人の税負担の軽減”を推進します。税の無駄遣いは中央政府よりも地方の方が重症です。
人口が多く、納税額・消費税額・健康保険税の額が多い大都市圏のランキングが低いことが、地方自治体の努力不足を示しています。
   都道府県順位   市町村順位
東京  25位       最下位
大阪  36位       29位
京都  40位       42位
宮城  42位       38位
神奈川 36位       44位
千葉  44位       41位
これらの大人口自治体が是正しなければ、改善は見込めないと言って良いでしょう。令和4年を見てみると


同一指標ではないので単純に比較はできませんが、自治体職員に”税の重み”がわかったのではないかと思います。論文で”ワークライフバランス”が出ると、全員が”自分のワークライフバランス”しか書きませんが、地方公務員たるもの第一に考えなければならないのは「地方公務員の生活を支えているのは”納税者の納める税金”だ」ということです。 だから正解は”まず住民のワークライフバランスを整え、その先に職員のワークライフバランスがある”ということです。
"論文・面接で落ちる"のは、政策を全く勉強しないで、予備校の講義を鵜呑みにしているからです。それでは公務員にはなれません。
地方公務員になるためには、政策の方向性=税の無駄遣いの削減と、住民の税負担の軽減の視点を忘れてはならない。2020年以降の論文・面接ではこれらの視点を試す出題がすべての自治体で行われています。
5兆6914億円
新型コロナウイルス感染症対策 補正予算  
令和2年 第1次補正予算 25兆6,914億円  第2次補正予算 31兆9,114億円  第3次補正予算 15兆4,271億円
令和3年   補正予算 35兆9,895億円  
令和4年   補正予算 2兆7,009億円  
累計          111兆7,203億円
日本の国家予算1年分が パンデミック1回で消費されてしまいました。この111兆円(30年国債)を今後30年間で返済するのは、20.30代の若者です。

 

<< 前のページに戻る